【どうする家康】41回ネタバレと感想!豊臣家臣の不穏な動き

どうする家康

慶長四年(1599年)、徳川家康は大阪城西の丸に入った。内府として天下の政を行うことになった。

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「どうする家康」第41回視聴率

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「どうする家康」第41回あらすじ

慶長五年(1600年)、石田三成は佐和山城で隠居生活を送っていた。大谷吉継らが会いに来る。

「内府どのは、北政所にかわり大阪城西の丸に入り、思うままに天下の政務を行っておる。」

三成は穏やかに暮らしていた。大阪城にいる茶々は、家康の存在を快く思っていなかった。

ウィリアム・アダムスは、オランダ船に乗って2年をかけて日本にやって来た。茶屋四郎が通訳をする。

「我々は商いをするためにやって来ました。日の本にないものを売り、南蛮にないもの買う。そして、互いに豊かになる。」

上杉景勝は不穏な動きを見せていた。ことを荒立たせるな、家康は戦にしたくはなかった。しかし、景勝は罵倒する文を送って来た。

「やるとなればわしが出陣せねばならぬだろう。天下の大軍勢で取り囲み、速やかに降伏させる。戦を避けるにはそれしかない。」

家康は鳥居元忠を呼び出す。戦に出陣する間、伏見城の留守を託した。

「治部は損得では動かん。己の信ねんで生きている。負けると分かっていても立つかもしれん。信念は人の心を動かすでな、わしを恨むものも加わらんとは限らん。」

大谷は三成の三男を戦に連れて行こうとする。しかし、姿を見せたのは三成だった。

「全ては天下簒奪のため、野放しにしていれば、いずれ豊臣家は滅ぼされる。それでいいのか?」

7月17日大阪城は、毛利・宇喜多・小西の軍勢に囲まれる。茶々は大名たちと杯を交わした。

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「どうする家康」第41回感想

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